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東京地方裁判所 平成10年(ワ)23569号 判決 1999年3月16日

原告

須田悍

原告

井上秀一

原告

田中幸治

右原告ら三名訴訟代理人弁護士

今永博彬

被告

株式会社ニシデン

右代表者代表取締役

西村公作

右訴訟代理人弁護士

三木敬裕

主文

一  被告は、原告須田悍に対し、金一〇三万一二五〇円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告井上秀一に対し、金一万一六〇〇シンガポールドル及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告田中幸治に対し、金七五万四六八八円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、原告須田悍に生じた費用の五分の三及び被告に生じた費用の五分の一は原告須田悍の負担とし、原告井上秀一に生じた費用の五分の三及び被告に生じた費用の五分の一は原告井上秀一の負担とし、原告田中幸治に生じた費用の五分の二及び被告に生じた費用の一五分の二は原告田中幸治の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告須田悍(以下「須田」という。)に対し、金二六〇万七八六二円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告井上秀一(以下「井上」という。)に対し、金二二二万二二五六円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告田中幸治(以下「田中」という。)に対し、金一一七万六六六二円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告に雇用されていたと主張する原告らが、被告に解雇されたとして、被告に対し、未払賃金、夏期手当及び解雇予告手当並びにこれらに対する解雇の日の翌日である平成一〇年九月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は肩書送達場所に建てられた自社ビルに本社機能を移転し、現在コンピューター及び周辺機器などの開発、販売を業とする株式会社である(争いがない。)。

2  原告らは、有料人材紹介を業とする株式会社ヒューマン・ネットワークの紹介によって被告から採用内定通知書を交付され、原告須田は平成九年四月七日に、原告井上は同年一〇月一六日に、原告田中は同年五月六日に、それぞれ被告に採用された(株式会社ヒューマン・ネットワークが有料人材紹介を業とする会社であることは弁論の全趣旨。原告らの採用の日にちは<証拠略>、弁論の全趣旨。その余は争いがない。)。

3  被告は香港の現地法人としてニシデン・インターナショナル・リミテッド(以下「NIL」という。)を設立し、NILはシンガポール共和国の現地法人ニシデン・コンピューターズ・アジア・パシフィック・プライベート・リミテッド(以下「NCAP」という。)を設立していた(NCAPがNILの子会社であることは弁論の全趣旨。その余は争いがない。)が、被告は原告らをNIL又はNCAPで勤務させる目的で原告らを採用した(<証拠略>、弁論の全趣旨)。原告須田は採用後香港に赴任してNILで勤務し、平成一〇年七月からはシンガポールに赴任してNCAPで勤務していた。原告井上及び同田中は採用後シンガポールに赴任してNCAPで勤務していた(争いがない。)。

三  争点

1  被告は原告らに対し原告らの主張に係る未払賃金などの支払義務を負っているか。

(一) 原告らの主張

(1) 原告須田は、平成九年三月一四日付けで被告から採用内定通知を受け、同年四月七日付けで被告に入社し、ゼネラル・マネージャーとしてNILに出向を命じられ、同月二九日香港に赴任し、同年一〇月一日付けで被告直属の生産技術及び製造担当のゼネラル・マネージャーを命じられて香港で勤務していた。原告須田が入社当時に被告との間で合意した雇用契約の内容は、次のとおりである。

ア 所属・資格

海外営業本部 半導体・デバイス統括マネージャー

イ 勤務地

香港

ウ 試用期間

六か月

エ 業務内容

ニシデン各地区における統括マネージャー

オ 給与

(ア) 初任給月額 金六八万七五〇〇円

(イ) 期待給初年度 金二七五万円

(七月 金一〇〇万円)

(一二月 金一七五万円)

カ 勤務時間は現地法人の就業規則に準じ会社が定める諸規定による。

キ その他の勤務条件は会社が定める諸規定による。

原告須田は平成一〇年七月一日付けでNCAPのゼネラル・マネージャーを命じられ、シンガポールに赴任して勤務していたが、同年九月一〇日付けで被告を解雇された。

(2) 原告井上は、平成九年八月二一日付けで被告から採用内定通知を受け、同年一〇月一六日付けで被告に入社し、肩書送達場所に建てられた被告の本社ビルにおいて社内研修を受けた後、同月二五日NCAPに営業統括部長として出向した。原告井上が入社当時に被告との間で合意した雇用契約の内容は、次のとおりである。

ア 業務内容

海外営業本部アジアパシフィック地区営業統括部長として勤務する。

イ 給与

(ア) 給与月額(税込み) 金一万シンガポールドル

(イ) 夏期手当 金一万シンガポールドル

(ウ) 冬期手当 金一万シンガポールドル

原告井上は平成一〇年三月一日付けでNCAP営業担当ゼネラルマネージャー及びNIL営業担当ゼネラルマネージャーの兼任を命じられ、シンガポールで勤務していたところ、同年六月一五日被告代表者から香港での勤務を求められたので、原告井上が給与、住居その他の条件の提示があれば検討すると答えたところ、同年七月六日付けで同月一六日以降の給与月額を二〇パーセント下げて金八〇〇〇シンガポールドルとし、NIL営業担当ゼネラルマネージャーを解任し、NCAP営業次長に降格することを命じられ、同年九月一〇日付けで被告を解雇された。

(3) 原告田中は、平成九年三月八日付けで被告から採用内定通知を受け、同年五月六日付けで被告に入社し、東京都中央区<以下略>聖路加タワービル二九階において社内研修を受けた後、同月二五日NCAPに赴任した。原告田中が入社当時に被告との間で合意した雇用契約の内容は、次のとおりである。

ア 所属・資格

管理本部管理課長

イ 試用期間

六か月

ウ 業務内容

NCAPの管理本部管理課長として管理業務

エ 給与

(ア) 初任給月額 金四三万七〇〇〇円

(イ) 期待給初年度 金二七五万円

(七月 金一〇〇万円)

(一二月 金一七五万円)

オ 勤務時間は現地法人の就業規則に準じ会社が定める諸規定による。

カ その他の勤務条件は会社が定める諸規定による。

原告田中の給与は平成一〇年七月一一日付けの労働条件の変更通知により次のとおり引き上げられた。

ア 給与月額(平成一〇年五月分から平成一一年四月分まで) 金八〇五万円

金九万六四六五シンガポールドルその支払方法は次のとおりである。

(ア) 月額 金五〇万三一二五円

金六〇二九シンガポールドル

(イ) 夏期一時金 金一〇〇万六二五〇円

金一万二〇五八シンガポールドル

(ウ) 冬期一時金 金一〇〇万六二五〇円

金一万二〇五八シンガポールドル

イ 家賃補助の増額 金一七五シンガポールドル

ウ 長男の幼稚園補助 金五六〇シンガポールドル

エ 海外駐在員及び家族の健康診断補助は別途定めて通知する。

原告田中は同月二五日から三日間被告本社において現地法人の経営のあり方について協議したが、その際同月に支払われるべき夏期一時金の支払を求め、金一〇〇万円を受領したが、同年九月一〇日付けで被告を解雇された。

(二) 被告の主張

(1) 原告須田は被告を退職してNILを経由してNCAPと雇用契約を締結し、同社で勤務していたのであり、同社から給与の支払を受けていた。また、原告井上及び同田中は被告を退職してNCAPと雇用契約を締結し、同社で勤務していたのであり、同社から給与の支払を受けていた。このように原告らは被告からNIL又はNCAPに転籍したのであり、したがって、原告らが未払賃金などの支払を請求すべき相手は被告ではなくNCAPである。原告らは未払賃金などの支払を求める相手を間違っている。

(2) そこで、被告は原告らの訴えを却下することを求め、仮に訴えの却下が認められない場合には原告らの請求を棄却することを求める。

2  原告らの未払給与などの金額について

(一) 原告らの主張

(1) 須田について

ア 平成一〇年七月一六日から同年八月一五日までの未払給与(一か月当たりの給与を金六八万七五〇〇円としてその半額) 金三四万三七五〇円

イ 同月一六日から同年九月一〇日までの未払給与 金五七万六六一二円

ウ 夏期手当 金一〇〇万円

エ 解雇予告手当 金六八万七五〇〇円

オ 合計 金二六〇万七八六二円

(2) 原告井上について

ア 平成一〇年七月一六日から同年八月一五日までの未払給与(一か月当たりの給与が金八〇〇〇シンガポールドルとしてその一部) 金三六〇〇シンガポールドル

イ 同月一六日から同年九月一〇日までの未払給与 金六七〇九シンガポールドル

ウ 夏期手当 金一万シンガポールドル

エ 解雇予告手当 金八〇〇〇シンガポールドル

オ 合計 金二万八三〇九シンガポールドル

カ 一シンガポールドルが七八円五〇銭であるとして右オの合計を日本円に換算した金額 金二二二万二二五六円

(3) 原告田中について

ア 平成一〇年七月一六日から同年八月一五日までの未払給与(一か月当たりの給与を金五〇万三一二五円としてその半額) 金二五万一五六二円

イ 同月一六日から同年九月一〇日までの未払給与 金四二万一九七五円

ウ 解雇予告手当 金五〇万三一二五円

エ 合計 金一一七万六六六二円

(二) 被告の主張

被告が未払という趣旨であれば否認するが、NCAPが未払という趣旨であれば知らない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告は原告らに対し原告らの主張に係る未払賃金などの支払義務を負っているか。)について

1  次に掲げる争いのない事実、証拠(<証拠略>)によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 被告が平成九年三月一四日付けで作成した採用内定通知書(<証拠略>)には、「入社日:平成九年四月吉日 所属及び資格:海外営業本部 半導体・デバイス統括マネージャー 勤務地:香港 給与:<1>初任給は月額税込み金六八万七五〇〇円とする(時間外手当は対象外) <2>期待給として初年度税込み金二七五万円を支給する(七月に金一〇〇万円と一二月に金一七五万円) <3>ストックオプション導入予定」などの条件で被告が原告須田の採用を内定したと書かれている(<証拠略>)。

(二) 被告は同年四月七日付け辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告須田に交付などしたが、この辞令には、原告須田に電子デバイス世界統括マネージャーとしてNILでの勤務を命ずると書かれている(<証拠略>)。

(三) 原告須田がシンガポール共和国において就労するために同国入国管理局長あてに提出された就労ビザの申請書は平成一〇年七月三〇日付けで被告が作成したものである(<証拠略>)。

(四) 原告須田は株式会社さくら銀行五反田支店に普通預金口座を開設しているが、同口座には平成九年五月二六日、同年六月二五日、同年七月二五日、同年八月二五日にそれぞれ金六八万七五〇〇円が、同月二六日に金一〇〇万円が、同年九月二五日に金五六万七五〇〇円が、同年一〇月二七日、同年一一月二五日にそれぞれ金六八万七五〇〇円が、同年一二月九日に金二二万五三〇七円が、同月二五日に金五七万七二一七円と金一七五万円が、平成一〇年一月八日に金六三万八六七一円が、同月二六日、同年二月二五日、同年三月二五日、同年四月二七日にそれぞれ金五七万七二一七円が、同年五月二五日、同年六月二五日にそれぞれ金六八万七五〇〇円が、同年七月二七日に金三四万三七五〇円が、それぞれ被告から振り込まれている(<証拠略>)。原告須田は自分に支払われる賃金を日本に残っている家族の生活の維持に充てる予定であったため赴任先において赴任先の現地通貨で賃金の支払を受けなかった(争いがない。)。

(五) 被告は同年九月一〇日付けで辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告須田にファックスで送信したが、この辞令には、原告須田を就業規則四二条八項、九項の規定により平成一〇年九月一〇日付けをもって解雇すると書かれている(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

(六) 被告が平成九年八月二一日付けで作成した採用内定通知書(<証拠略>)には、「入社日:平成九年一〇月吉日 所属及び資格:海外営業本部アジアパシフィック地区営業統括部長 給与:<1>初任給は月額税込み金一万シンガポールドル(時間外手当は対象外)賞与として初年度は、冬季一万シンガポールドル 夏期一万シンガポールドル <2>入社七か月以降は業績により別途見直すものとする。<3>住宅費の本人負担は三〇パーセントとする。<4>ストックオプション導入予定」などの条件で被告が原告井上の採用を内定したと書かれている(<証拠略>)。

(七) 被告は平成一〇年三月一日付けで辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告井上に交付などしたが、この辞令には、原告井上にNCAP営業担当ゼネラルマネージャー兼NIL営業担当ゼネラルマネージャーを命ずると書かれている(<証拠略>)。

(八) 被告は同年七月六日付けで辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告井上に交付などしたが、この辞令には、原告井上に平成一〇年七月六日をもってNCAP営業部次長を命ずると書かれている(<証拠略>)。

(九) 被告は同年七月六日付けで辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告井上に交付などしたが、この辞令には、原告井上の給与を同月一六日以降二〇パーセント下げ、月額税込みで金八〇〇〇シンガポールドルに改定すると書かれている(<証拠略>)。

(一〇) 原告井上の毎月の賃金はNCAPからシンガポールドルで支払われていた(弁論の全趣旨)。

(一一) 被告は同年九月一〇日付けで辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告井上にファックスで送信したが、この辞令には、原告井上を就業規則四二条八項、九項の規定により平成一〇年九月一〇日付けをもって解雇すると書かれている(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

(一二) 被告が平成九年三月八日付けで作成した採用内定通知書(<証拠略>)には、「入社日:平成九年五月六日 所属及び資格:管理本部管理課長 試用期間:試用期間は六か月とする。期間中に健康状態、職能、勤怠その他について会社が不適格と認めた場合は、採用を取り消すことがある。 給与:<1>初任給は月額税込み金四三万七五〇〇円とする(時間外手当は対象外) <2>期待給として初年度税込み金一七五万円を支給する(七月に金五〇万円と一二月に金一二五万円) <3>ストックオプション導入予定」などの条件で被告が原告田中の採用を内定したと書かれている(<証拠略>)。

(一三) 被告は同月一九日付けで採用通知書(<証拠略>)を作成し、これを原告田中に交付などしたが、この採用通知書には、被告が原告田中の採用を正式に決定したことなどが書かれており、原告田中は被告に誓約書や身元保証書などを提出した(<証拠略>)。

(一四) 被告は同年五月一四日付けで雇用契約書(<証拠略>)を作成し、これを原告田中に交付などしたが、この雇用契約書には、原告田中の所属はNCAP管理部であること、勤務地はシンガポールであること、給与は一か月当たり金五二七一シンガポールドル、賞与は一回目(夏)が金六〇二四シンガポールドル、二回目(冬)が金一万五〇六〇シンガポールドルであることが書かれている(<証拠略>)。

(一五) 原告田中は、同月二六日付けでNCAPとの間で、「EMPLOYEE AGREEMENT」と題する書面(<証拠略>)を取り交わしたが、この書面には、「私、田中幸司(ママ)は、ニシデン・コンピュータ・アジア・パシフィック(以下「会社」と記す)の方針、規則及び決まり事に従うことに同意します。特に、1会社の就業規則に従います。2私の雇用の前後を問わず、私が会社に提出した書類は正しく、改ざんされていないことを誓います。3私は会社の名誉を傷つけるようなことをしないと約束します。4故意又は不注意による行動により発生した損失や被害について責任をとることに同意します。5採用一二か月以内に合理的でない理由で辞職する場合には、私に関する教育費は払い戻すことを約束します。」と書かれている(<証拠略>)。

(一六) 被告は同年一一月吉日付けで通知書(<証拠略>)を作成し、これを原告田中に交付などしたが、この通知書には、被告は平成九年一一月五日をもって原告田中の試用期間が終了したことを認めることなどが書かれている(<証拠略>)。

(一七) 被告は平成一〇年七月一一日付けで労働条件の変更通知と題する書面(<証拠略>)を作成し、これを原告田中に交付などしたが、この書面には、原告田中から要望のあった労働諸条件の改訂について検討した結果、被告は平成一〇年五月分から平成一一年四月分までの給与を現行契約金額の一五パーセント増しである年間金八〇五万円(九万六四六五シンガポールドル)とし、これを毎月金五〇万三一二五円(六〇二九シンガポールドル)、夏期一時金(七月)金一〇〇万六二五〇円(一万二〇五八・五〇シンガポールドル)、冬期一時金(一二月)金一〇〇万六二五〇円(一万二〇五八・五〇シンガポールドル)に分けて支払うことなどが書かれている(<証拠略>)。

(一八) 原告田中の毎月の賃金はNCAPからシンガポールドルで支払われていた(弁論の全趣旨)。

(一九) 被告は同年九月一〇日付けで辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告田中にファックスで送信したが、この辞令には、原告田中を就業規則四二条八項、九項の規定により平成一〇年九月一〇日付けをもって解雇すると書かれている(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

(二〇) 原告らは右同日付けの辞令(<証拠略>)をファックスで受け取った後、同月一〇日及び同月一二日ファックスにより被告に対し被告就業規則四二条八項、九項の該当部分をファックスにより原告らあてに送信すること、原告らを解雇した具体的な理由を明らかにすることを求めたところ、被告は同月一四日ファックスにより原告らに対し就業規則四二条八項、九項の該当部分を送信するとともに、原告らを解雇した理由について事業所の閉鎖であると回答してきた(<証拠略>)。

(二一) NCAPの取締役である西村公伸が同月一〇日付けで原告須田あてに作成した二通の書面(<証拠略>)のうち、一通にはNCAPは今後の営業活動の見込みがなく継続困難であると判断したので同月一〇日付けで閉鎖することにしたことなどが書かれており、他の一通には右同日をもって原告らを解雇すること、原告らの給与の支払はKPMGにお願いしたことなどが書かれていた(<証拠略>)。

(二二) 被告は同月二二日通知書(<証拠略>)を作成し、これを原告須田に送付などしたが、この通知書には原告須田からの要求により原告らに対して平成一〇年九月一〇日付けで解雇通知をしたが、既に被告に在籍していない原告らに解雇を通知したことは間違いであるので撤回することなどが書かれていた(<証拠略>)。

(二三) 原告田中は平成九年五月六日被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得し、同年六月二八日右資格を喪失した(<証拠略>)。原告井上は同年一〇月一六日被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得し、平成一〇年四月二六日右資格を喪失した(<証拠略>)。原告須田は被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得したことはない(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

(二四) 平成九年一月から平成一〇年二月まで新日本製鐵株式会社からNCAPに出向していた柳楽朋幸(以下「柳楽」という。)は、NCAPとの間で、NCAPの就業規則を守るという雇用契約書、柳楽の契約条件を記した契約書及びNCAPの企業秘密を守るという契約書を取り交わし、NCAPに対し、これらの書類及び柳楽の就労ビザ又はPR若しくはIDカードの写しを差し入れていた(<証拠略>)。

(二五) 日本法人がシンガポール国内において営業活動を行おうとする場合には、シンガポール国内に支店を設ける方法と現地法人を設立する方法があるが、シンガポール国内において営業活動を行おうとする日本法人が製造業、小売業などを営む場合には、シンガポール国内に支店を開設することはできず、現地法人を設立するほかない。被告はシンガポール国内においてコンピューターなどの製造、販売を行うことを企図していたため、シンガポール国内において営業活動を行うには現地法人を設立するほかなかった。そこで、被告はシンガポール国内における現地法人としてNCAPを設立することにし、同社を被告が香港で設立した現地法人であるNILの子会社として設立した(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

(二六) NCAPでは従業員の氏名と賃金額を記載した社員名簿が作成されていたが、平成一〇年五月の時点で作成された社員名簿には原告田中と同井上の名前及び彼らの賃金額が載っている(<証拠略>)。

2  原告須田が被告に採用された後にNILを経てNCAPで勤務し、原告井上及び同田中が被告に採用された後にNCAPで勤務していたことについて、原告らはこれを出向であると主張し、被告はこれを転籍であると主張するので、まずこの点について判断する。

(一) 出向とは、一般に、労働者が使用者(出向元)の指揮命令下から離れて第三者(出向先)の就労場所においてその指揮命令を受けて労務の給付を行う労働形態のことをいうが、この労働形態においては、労働者が出向元との労働契約を合意解約して出向先との間で新たに労働契約を締結する場合(これを転籍と呼ぶことが多いようである。)もあれば、労働者が出向元との労働契約を合意解約しない場合(これを出向と呼ぶことが多いようである。)もあり、また、労働者が出向元との労働契約を合意解約しない場合でも、労働者が出向先との間で労働契約を締結する場合もあれば、締結しない場合もあるのであって、労働者が出向元の指揮命令下から離れて出向先の就労場所においてその指揮命令を受けて労務の給付を行う労働形態において、労働者と出向元との間及び労働者と出向先との間にそれぞれどのような法律関係が成立しているかについては個別の案件ごとに認定し判断していくほかない。

(二) 本件においては、原告らはいわゆる被告の子会社であるNILやNCAPで勤務する目的で被告に雇用されたのであり、原告須田は採用後にNILを経てNCAPに赴任し、原告井上及び同田中は採用後にNCAPに赴任し、原告らが解雇された平成一〇年九月一〇日の時点では原告らはいずれもNCAPで勤務していたのである(前記第二の二3)から、右(一)で述べたことからすると、労働者である原告らと出向元である被告との間及び労働者である原告らと出向先であるNCAPとの間でそれぞれどのような法律関係が成立していたかを検討する必要がある。

(1) 原告らと被告との間の雇用契約の存否について

被告が作成した各種の辞令や書面など(前記第三の一1(二)、(三)、(五)ないし(九)、(一一)ないし(一七)、(一九))はいずれも原告らと被告との間に雇用契約が存在することを前提に作成されているというべきであること、ところが、被告は被告と原告らとの間の雇用契約が終了していると主張しているにもかかわらず、平成一〇年九月一〇日付けをもって解雇すると書かれた辞令(<証拠略>)を除いては前記の各種の辞令や書面などが作成された理由や経緯について全く説明していないこと、被告は平成一〇年九月一〇日付けをもって解雇すると書かれた辞令(<証拠略>)については後にこれを撤回しており、撤回の理由については既に被告に在籍していない原告らに解雇を通知したことは間違いであるというものである(前記第三の一1(二一))(ママ)が、被告はどのような理由や経緯によって間違えたというのかについては全く説明していないこと、以上の点を総合すれば、原告須田がNILを経由してNCAPで勤務を開始し、原告井上及び同田中がNCAPで勤務を開始した後も原告らと被告との間の雇用契約は合意解除されず、原告らがファックスにより送信された平成一〇年九月一〇日付けの辞令(<証拠略>)を受け取るまでは存続していたものと認められる。

これに対し、被告が平成一〇年九月一〇日付けの辞令を撤回したこと(前記第三の一1(二二))、原告井上及び同田中は採用と同時に一旦は被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得したが、その後右の資格を喪失しており(前記第二の二2(ママ)、第三の一1(二三))、原告須田は被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得したことすらないこと(前記第三の一1(二三))は、右の認定を左右しない。また、被告は原告らはNCAPとの間で雇用契約を締結していると主張し、次の(2)で認定、説示するように原告らとNCAPとの間で雇用契約が成立している可能性があるといえるが、右(一)で述べたことからすれば、この事実は右の認定を左右しない。他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 原告らとNCAPとの間の雇用契約の存否について

日本法人がシンガポール国内において営業活動を行おうとする場合には、シンガポール国内に支店を設ける方法と現地法人を設立する方法があるが、シンガポール国内において営業活動を行おうとする日本法人が製造業、小売業などを営む場合には、シンガポール国内に支店を開設することはできず、現地法人を成立するほかないところ、被告はシンガポール国内においてコンピューターなどの製造、販売を行うことを企図していたため、シンガポール国内において営業活動を行うには現地法人を設立するほかなく、そのためにNCAPを設立した(前記第三の一1(二五))というのであり、そうすると、被告が日本において採用した従業員を被告がシンガポール国内で営む事業に従事させようとするときにはその従業員をNCAPの従業員とするものと考えられ、NCAPの従業員とするというのはその従業員とNCAPとの間で雇用契約を締結することであると考えるのが自然かつ合理的であること、新日本製鐵株式会社からNCAPに出向していた柳楽は、NCAPとの間で、NCAPの就業規則を守るという雇用契約書、柳楽の契約条件を記した契約書及びNCAPの企業秘密を守るという契約書を取り交わし、NCAPに対し、これらの書類及び柳楽の就労ビザ又はPR若しくはIDカードの写しを差し入れていたこと(前記第三の一1(二四))、NCAPでは従業員の氏名と賃金額を記載した社員名簿が作成されていたが、平成一〇年五月の時点で作成された社員名簿には原告田中と同井上の名前及び彼らの賃金額が載っていること(前記第三の一1(二六))、被告は原告らがNCAPとの間で取り交わしていた雇用契約書はNCAPの清算後の差押えの際には存在していたが、その後紛失してしまっているためこれを書証として提出することができないと主張し、これを裏付ける目的で報告書(<証拠略>)を提出していることに照らせば、原告らがNCAPで勤務するに当たり原告らとNCAPとの間において雇用契約を締結している可能性があるといえる。

これに対し、原告田中がNCAPとの間で取り交わした「EMPLOYEE AGREEMENT」と題する書面(<証拠略>)における「EMPLOYEE AGREEMENT」の和訳として「雇用契約書」と一旦書かれた後に「従業員合意書」と書き直されている(<証拠略>の存在)が、この書面の内容からすれば、この書面は柳楽のいうNCAPの就業規則を守るという雇用契約書であると考えられ、したがって、書き直し前の「EMPLOYEE AGREEMENT」の和訳から原告らがNCAPで勤務するに当たり原告らとNCAPとの間において雇用契約を締結したことまで認めることはできない。

また、証拠(<証拠略>)は右の可能性を完全に否定するには足りない。

(三) 以上によれば、原告らがNCAPで勤務するに当たって被告との間で締結した雇用契約を合意解除したことを認めることはできないのであり、したがって、原告須田が被告に採用された後にNILを経てNCAPで勤務し、原告井上及び同田中が被告に採用された後にNCAPで勤務していたのは、いわゆる出向に当たるというべきであり、いわゆる転籍に当たるということはできない。

3  しかし、仮に原告須田がNILを経てNCAPで勤務し、原告井上及び同田中がNCAPで勤務するに当たってNCAPとの間で雇用契約を締結していたとすれば、原告須田が被告に採用された後にNILを経てNCAPで勤務し、原告井上及び同田中が被告に採用された後にNCAPで勤務していたことがいわゆる出向に当たるからといって、そのことから直ちに原告らの賃金などの支払義務を負っているのは被告であるということはできないのであって、出向期間中に原告らの賃金などを負担するのが誰であるかは、出向に際しての原告らと被告との間の明示的又は黙示的合意の内容によって定まるものといわなければならない。

そこで、仮に原告らがNCAPで勤務するに当たってNCAPとの間で雇用契約を締結していたとして、被告が原告らの主張に係る賃金などの支払義務を負うかどうかについて、原告らの請求に係る未払賃金(未払の月額給与及び夏期手当)と原告らの主張に係る未払解雇予告手当に分けて、さらに検討を進める。

(一) 未払賃金(未払の月額給与及び夏期手当)について

(1) 原告らが主張立証責任を負うところの原告らと被告との間の雇用契約の成立が認められ、被告が主張立証責任を負うところの右の雇用契約の終了が認められないのであるから、被告が原告らの請求に係る未払賃金(未払の月額給与及び夏期手当)の支払を拒むには、NCAPへの出向に際して原告らと被告との間において原告らの賃金などを負担するのはNCAPであるとの合意が成立したこと(右の合意を以下「本件合意」という。)が認められなければならないと解される。なぜなら、原告らと被告との間の雇用契約が存続している以上、被告は原告らとの間の雇用契約に基づいて賃金などを支払う義務を負っているのであり、出向期間中に原告らの賃金などを負担するのが誰であるかは出向に際しての原告らと被告との間の明示的又は黙示的合意の内容によって定まるものであるから、原告らがNCAPと雇用契約を締結したというだけでは被告は原告らに対する賃金などの支払義務を当然に免れるわけではなく、出向期間中の原告らの賃金などを負担するのがNCAPであることが出向に際しての原告らと被告との間の明示的又は黙示的合意とされて初めて被告は原告らに対する賃金などの支払義務を免れることができるからである。

(2) しかしながら、

ア 被告は原告らのNCAPへの出向に際して原告らと被告との間において原告らの賃金などを負担するのはNCAPであるとの合意が成立していたとは明示的には主張していないのである。

イ 仮に、本件において、被告は原告らがその主張に係る未払賃金(未払の月額給与及び夏期手当)の支払義務は被告にあるとの主張を否認していることから、被告が右のような主張を黙示的にしていると善解することができるとしても、

(ア)<ア> 原告井上が被告から交付された平成一〇年七月六日付けの辞令には原告井上の給与を同月一六日以降二〇パーセント下げ、月額税込みで金八〇〇〇シンガポールドルに改定すると書かれており(前記第三の一1(九))、この改定前の給与の金額は採用内定通知書に定められた金額であること(前記第三の一1(六))、原告田中が被告から交付された平成一〇年七月一一日付けの労働条件の変更通知と題する書面には原告田中から要望のあった労働諸条件の改訂について検討した結果、平成一〇年五月分から平成一一年四月分までの原告田中の給与を現行契約金額の一五パーセント増しとすることにしたことなどが書かれており、現行契約金額は採用内定通知書で決められた原告田中の初任給及び期待給の合計金額であること(前記第三の一1(一二)、(一七))、以上によれば、原告井上及び同田中の賃金額は被告が決定していたものと認められ(この認定を左右するに足りる証拠はない。)、これらの事実は、原告井上及び同田中と被告との間で本件合意が成立していたという推認を妨げる事実といえなくもない。

<イ> 原告井上及び同田中はいわゆる被告の子会社であるNCAPで勤務する目的で被告に雇用されたのであり、原告井上及び同田中は採用後にNCAPに赴任しており(前記第二の二3)、原告井上及び同田中の毎月の賃金はNCAPからシンガポールドルで支払われていた(前記第三の一1(一〇)、(一八))というのであるが、右の事実だけから、原告井上及び同田中と被告との間で本件合意が成立していたということはできない。

<ウ> 右<イ>の事実に、原告井上及び同田中は採用と同時に一旦は被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得したが、その後右の資格を喪失していること(前記第二の二2(ママ)、第三の一1(二二)(ママ))を加えて勘案しても、NCAPがシンガポール国内などにおける営業活動によって得られた売上金額などをもって原告井上及び同田中に支払われる賃金の支払に充てていたことを認めるに足りる証拠がない本件においては、原告井上及び同田中と被告との間で本件合意が成立していたということはできない。

そして、他に、原告井上及び同田中と被告との間で本件合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

(イ)<ア> 原告須田はいわゆる被告の子会社であるNILやNCAPで勤務する目的で被告に雇用されたのであり、原告須田は採用後NILやNCAPに赴任している(前記第二の二3)のに、原告須田名義の銀行口座には平成九年五月から平成一〇年七月まで毎月採用内定通知書で決められた原告須田の一か月の賃金に相当する金員若しくはそれを多少下回る金員又は採用内定通知書で決められた初年度期待給に相当する金員が被告から振り込まれているが、これは、原告須田は自分に支払われる賃金を日本に残っている家族の生活の維持に充てる予定であったため赴任先において赴任先の現地通貨で賃金の支払を受けなかったことによるのであり(前記第三の一1(四))、被告は右の振込はNILに対する立替払いであったと主張するが、右の被告の振込がNILに対する立替払いとしてされたことを認めるに足りる証拠はないのであって、そうであるとすると、右の振込の事実は、原告須田と被告との間で本件合意が成立していたという推認を妨げる事実といえる。

<イ> 原告須田は被告を事業主とする雇用保険被保険者資格を取得したことすらない(前記第三の一1(二三))が、その事実は、原告須田と被告との間で本件合意が成立していたことを認めるには足りない。

そして、他に、原告須田と被告との間で本件合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

(ウ) 以上によれば、原告らと被告との間で本件合意が成立したことを認めることはできない。

(3) そうすると、被告は原告らの請求に係る未払賃金(未払の月額給与及び夏期手当)の支払を拒むことはできない。

(二) 未払解雇予告手当について

(1) 原告らの請求に係る未払解雇予告手当については、仮に原告らと被告との間で本件合意が成立していたとしても、被告が原告らを解雇したと認められる場合には、被告は原告らの請求に係る未払解雇予告手当について支払義務を負うと解するのが相当である。なぜなら、原告らはいわゆる被告の子会社であるNILやNCAPで勤務する目的で被告に雇用されたのであり、原告須田は採用後NILを経てNCAPに赴任し、原告井上及び同田中は採用後NCAPに赴任している(前記第二の二3)のであるから、原告らの解雇がNCAPの事業上の都合によりされたものである場合には、被告が原告らを雇用し続けるべき理由はなく、被告も原告らを解雇することになると考えられるが、解雇予告手当が突然の解雇による労働者の生活の困難の救済にあり、労働の対価として支払われるものではないことからすると、原告らと被告との間に雇用契約が存続していることが認められ、かつ、被告が原告らを解雇したと認められる以上は、右のような事情の下において行われた解雇であることを勘案しても、被告以外に賃金などの支払義務を負う者がいることは被告の解雇予告手当の支払義務を否定する理由にはならないからである。

(2) 本件において、原告らと被告との間に雇用契約が存続していること(前記第三の一2(三))、被告は平成一〇年九月一〇日付けで原告らを右同日をもって解雇する旨を記載した辞令(<証拠略>)を作成し、これを原告らにファックスで送信したこと(前記第三の一1(五)、(一一)、(一九))、被告は原告らに対し右同日付けの辞令による解雇通知を撤回する旨の通知をしたが、その理由は既に被告に在籍していない原告らに解雇を通知したことは間違いであるというものであり(前記第三の一1(二二))、要するに、被告には被告が原告らとの間で締結した雇用契約を存続させる意思はないというべきであること、以上の事実が認められ、これらによれば、被告は平成一〇年九月一〇日に原告らに対し解雇の意思表示をしたものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、被告は平成一〇年九月一〇日をもって原告らを解雇したというべきであるから、原告らの請求に係る解雇予告手当の支払を拒むことはできない。

4  以上によれば、原告須田がNILを経てNCAPで勤務し、原告井上及び同田中がNCAPで勤務するに当たって、それぞれNCAPとの間で雇用契約を締結していなかったとすれば、被告が原告らの主張に係る未払賃金及び未払解雇予告手当の支払義務を負うのは当然であるというべきであるが、仮に原告須田がNILを経てNCAPで勤務し、原告井上及び同田中がNCAPで勤務するに当たってそれぞれNCAPとの間で雇用契約を締結していたとしても、被告は原告らの主張に係る未払賃金及び未払解雇予告手当の支払義務を負っているというべきである。

二  争点2(原告らの未払賃金などの金額)について

1  原告須田の未払賃金などの金額について

(一) 前記第三の一1(一)及び(四)の事実によれば、原告須田の一か月当たりの賃金は金六八万七五〇〇円であり、毎月二五日払いであることが認められる。

右の事実によれば、原告須田の平成一〇年七月一六日から同年九月一〇日までの一か月当たりの賃金は金六八万七五〇〇円であるから、同年七月一六日から同年八月一五日までの一か月当たりの賃金の半額が金三四万三七五〇円であること、解雇予告手当が金六八万七五〇〇円であることが認められる。

しかし、同月一六日から同年九月一〇日までの賃金については日割り計算すべきことになるが、原告須田の一年間の所定労働日数が不明であるから、原告須田の一日当たりの賃金額を算出することはできないのであって、したがって、同年八月一六日から同年九月一〇日までの原告須田の賃金が金五七万六六一二円であると認めることはできない。

(二) 前記第三の一1(一)及び(四)の事実によれば、原告須田の期待給は初年度の七月に支払われるべき分が金一〇〇万円であり、初年度の一二月に支払われるべき分が金一七五万円であることが認められるが、原告須田に交付された採用通知書の記載の仕方(前記第三の一1(一))からすると、期待給の支給が初年度限りであるとは考え難いが、特段の事情のない限りは次年度以降も初年度と同一の金額を支給することを約しているとも認め難いのであって、そうすると、右の事実だけでは平成一〇年七月に原告須田に支払われるべき期待給が金一〇〇万円であると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) そうすると、被告が原告須田に対し支払義務を負っているのは、平成一〇年七月一六日から同年八月一五日までの賃金六八万七五〇〇円の半額金三四万三七五〇円及びこれに対する支払日の後であることが明らかな平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、解雇予告手当金六八万七五〇〇円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金ということになる。

2  原告井上の未払賃金などの金額について

(一) 前記第三の一1(六)及び(九)の事実並びに弁論の全趣旨によれば、原告井上の平成一〇年七月一六日以降の一か月当たりの賃金は金八〇〇〇シンガポールドルであり、毎月二五日払いであることが認められる。

右の事実によれば、原告井上の平成一〇年七月一六日から同年九月一〇日までの一か月当たりの賃金は金八〇〇〇シンガポールドルであるから、金三六〇〇シンガポールドルが同年七月一六日から同年八月一五日までの一か月当たりの賃金の一部であること、解雇予告手当が金八〇〇〇シンガポールドルであることが認められる。

しかし、同月一六日から同年九月一〇日までの賃金については日割り計算すべきことになるが、原告井上の一年間の所定労働日数が不明であるから、原告井上の一日当たりの賃金額を算出することはできないのであって、したがって、同年八月一六日から同年九月一〇日までの原告井上の賃金が金六七〇九シンガポールドルであると認めることはできない。

(二) 前記第三の一1(六)の事実によれば、原告井上の賞与は初年度の夏期に支払われるべき分が金一万シンガポールドルであり、初年度の冬期に支払われるべき分が金一万シンガポールドルであることが認められるが、原告井上に交付された採用通知書の記載の仕方(前記第三の一1(六))からすると、賞与の支給が初年度限りであるとは考え難いが、特段の事情のない限りは次年度以降も初年度と同一の金額を支給することを約しているとも認め難いのであって、そうすると、右の事実だけでは平成一〇年七月に原告井上に支払われるべき賞与が金一万シンガポールドルであると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) そうすると、被告が原告井上に対し支払義務を負っているのは、平成一〇年七月一六日から同年八月一五日までの賃金八〇〇〇シンガポールドルの一部金三六〇〇シンガポールドル及びこれに対する支払日の後であることが明らかな平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、解雇予告手当金八〇〇〇シンガポールドル及びこれに対する解雇の日の翌日である平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金ということになる。

3  原告田中の請求について

(一) 前記第三の一1(一二)、(一四)及び(一七)の事実並びに弁論の全趣旨によれば、原告田中の平成一〇年五月分以降の一か月当たりの賃金は金五〇万三一二五円であり、毎月二五日払いであることが認められる。

右の事実によれば、原告田中の平成一〇年七月一六日から同年九月一〇日までの一か月当たりの賃金は金五〇万三一二五円であるから、同年七月一六日から同年八月一五日までの一か月当たりの賃金の半額が金二五万一五六三円であること(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律三条二項)、解雇予告手当が金五〇万三一二五円であることが認められる。

しかし、同月一六日から同年九月一〇日までの賃金については日割り計算すべきことになるが、原告田中の一年間の所定労働日数が不明であるから、原告田中の一日当たりの賃金額を算出することはできないのであって、したがって、同年八月一六日から同年九月一〇日までの原告田中の賃金が金四二万一九七五円であると認めることはできない。

(二) そうすると、被告が原告田中に対し支払義務を負っているのは、平成一〇年七月一六日から同年八月一五日までの賃金五〇万三一二五円の半額金二五万一五六三円及びこれに対する支払日の後であることが明らかな平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、解雇予告手当金五〇万三一二五円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金ということになる。

4  小括

以上によれば、被告は、原告須田に対し金一〇三万一二五〇円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金について支払義務を負い、原告井上に対し金一万一六〇〇シンガポールドル及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金について支払義務を負い、原告田中に対し金七五万四六八八円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金について支払義務を負う。

なお、原告井上が本訴請求において被告に支払を求めているのは、シンガポールドル建てで計算した金額ではなく日本円に換算した金額であるが、本件全証拠に照らしても、被告が原告井上に支払うべき賃金などについては日本円に換算して支払うことを合意したことを認めることはできないのであるから、被告はシンガポールドルの各種の通貨をもって弁済する(民法四〇二条三項)外、日本の通貨をもって弁済することもできる(同法四〇三条)が、日本の通貨をもって弁済するかどうかは債務者である被告の選択によるべきであるから、日本円で換算した金額を支払う合意が成立したことが認められない本件では判決をもって日本円での支払を強制することはできない。そして、原告井上は日本円で換算した金額の支払が認められないときはシンガポールドルでの支払を求める意思を有するものと認められるから、シンガポールドル建てで計算した前記金額について支払を命ずることとする。

三  結論

以上によれば、原告須田の本訴請求は金一〇三万一二五〇円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告井上の本訴請求は金一万一六〇〇シンガポールドル及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告田中の本訴請求は金七五万四六八八円及びこれに対する平成一〇年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(遅延損害金については原告らは年五分までしか請求していないから、その限度で原告らの請求を認容することとする。)。

なお、この判決には仮執行宣言は付さないこととする。

(裁判官 鈴木正紀)

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